北朝鮮「衛星」報道を検証する(その3)

このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 北朝鮮「衛星」報道を検証する(その3)
Share on Facebook
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip

しばらく間があいてしまったが、北朝鮮のロケットと衛星に関する報道について、いろいろと感じたことを最後にまとめたい。

○もっと冷静に、本質を突いた報道を

今回の新聞報道では、専門家のコメントを引用した記事や、海外メディアの論調を紹介しただけの記事が目立った。専門知識を要する記事などでは、これ自体は特に珍しいスタイルではないが、今回のケースでは、どうも自分たちのストーリーに都合の良い部分だけをつまみ食いし、記事を書く傾向が特に強かったのではないかと感じている(普段からそういうケースもあるが、今回は特に)。

こうした手法を使わざるを得ないのは、記者自身で自信を持って書けるだけの知識がないことの表れである。もちろん、記者は専門家ではないし、いろんな分野を担当していて忙しいのは分かるが、それでいいのか、と思うのだ。

私は新聞社の内部事情は良く分からないのだが、特定の分野(例えば宇宙分野)に精通した専門記者を育てようとしているようにはどうも見えない。普段、JAXAの記者会見などで各社の記者を見ているが、何年かすると、いつのまにか担当者が変わっていることが良くある。せっかく知識も増えてきて、質疑応答で的を射た質問ができるようになったのに、そこで異動だ。はやぶさの取材をしていた時から見ても、記者会見に集まる顔はすでに大幅に入れ替わっている。背景にはそういう体制の問題もあるのではないか。

専門家のコメントで記事を書くのは、使わざるを得ないときは仕方ないが、今回のようにそればかりだと、どうしても軽薄な印象を受けてしまう。

今回の報道について、私の感想をひと言で述べるならば、「新聞のワイドショー化」ということに尽きる。分かって意図的にやっているのか、あるいは本当に分かっていないのかは不明だが、本質を外した記事、キャッチーな見出しの記事ばかりを乱発したのはなぜか(もしかしたら科学部ではなく国際部の記者が書いた記事がひどいのかもしれないとも思ったが未確認)。

TV報道が駄目なのはもう仕方ないが、新聞がこれでは困る。震災後の報道では良質な記事が多かっただけに、どうにも腑に落ちないのだが、現場の記者には改めて奮起を期待したいところだ。

○もし打ち上げに成功していれば…

それにしても、今回は北朝鮮が打ち上げに失敗してくれたので問題なかったが、もし成功して、周回軌道からビーコンでも出ていたらどうするつもりだったのか。「弾頭が電波を出している」とでも言うつもりだったのか。あるいは、「やっぱり衛星だったが、ロケットも禁止されているので駄目」と言い直すのか。

あれだけの報道の後だ。おそらく世間一般の人は、ミサイルだから北朝鮮が怒られている、と思っている人が多いだろう。衛星の打ち上げだったならいいんじゃないの? と誤解されかねない。間違った論法でやるからそんな無理が生じる。最初から、載っているのが何であろうが、ミサイル関連技術だから駄目だと言っていれば、そんなことにはならないで済む。

それなのに、なぜどうでもいい点に固執したのか。「国民はバカだから単純化しないと分からない」とでも思ったのか。あるいは「ミサイルということにしたほうが新聞が売れる」ということなのか。日本政府が公式に「北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイル発射事案」と呼称しているから、それに従っただけなのかもしれないが、「大本営発表」に単純に乗っかるだけでは、報道の責任を果たしているとはとても言えない。

強調しておくが、私は北朝鮮を擁護するつもりは全く無い。北朝鮮は時代遅れの瀬戸際外交など放棄するべきだし、衛星やロケットを作るカネがあるのなら、まずは経済政策や農業振興や食糧購入などにまわせと言いたい。

だが、「悪いヤツには何を言ってもいい」とでもいうような今回のデタラメな報道姿勢には、正直、集団リンチを見るような嫌悪感しか持たなかった。どんな相手であろうと、批判は正論によって行うべきであり、そうでなければ正義を語る資格などない。

○早期警戒衛星を巡る動き

ところで、私が1つ懸念しているのは、今回のロケット打ち上げによって、日本独自の早期警戒衛星を持とうという動きが出たりしないかということだ。以下は、衆院予算委員会における野田首相の答弁。

また北朝鮮のミサイルなどを考慮し日本が独自に早期警戒衛星を持つ可能性については「防衛や森林火災対応を兼ねた利用方法や費用対効果の観点も含め、政府全体で検討すべきものだ」と語った。中島正純氏(国民新党)の質問に答えた(4月18日 毎日新聞)

まだ「検討」ではあるが、こういった動きには警戒したい。

今回、政府発表が遅れたのは、「日本が早期警戒衛星を持っていなかったから」ではない。今回のようにすぐ落下したケースを想定していなかったことが原因であり、単に事前に決めたルール上の問題にすぎない。これを口実に早期警戒衛星を持とうというのは、全く筋が通っておらず、便乗としか言いようがない。

それに「森林火災対応を兼ねた利用方法や…」という言い方には既視感がある。政府が情報収集衛星の導入を決めたときにも、同じように災害時の活用を謳っていたわけだが、実際はどうだったか。東日本大震災が発生して、あれほどの大災害だったにもかかわらず、隠蔽体質は相変わらずで、撮影画像は提供されていない。これでは、「防災に使う」と言われても、また方便だろうと思わざるを得ない。

(参考)
大規模災害時における情報収集衛星の活用に関する質問主意書
大規模災害時における情報収集衛星の活用に関する質問に対する答弁書

情報収集衛星に対しては、1998年度以降、すでに8,000億円を超える国費が投入されている。日本の財政は破綻寸前であり、この状況の中で、震災からの復興事業や、景気対策、社会保障などにお金を回さなければならない。本当に必要なのか、コストパフォーマンスも考えてギリギリの判断をしていかなければならないわけで、安全保障だけ特別扱いできるような余裕のある状態ではない。

米国のように世界中でしょっちゅう戦争をやっていれば、そりゃあ早期警戒衛星は必要だろう。しかし日本が、北朝鮮のためだけに導入する必要があるのか。米国から早期警戒衛星のデータ提供を受けられるのに、なぜ独自の衛星が必要なのか。もし導入するというのであれば、政府はその点について、納得のいく説明をする義務があるだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*