2年前、地元の広報誌向けに記事を書いた

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私は新潟県の山中にある高柳町という小さな町で生まれ育ったのだが(現在は柏崎市に合併されて自治体としては存在しない)、2年ほど前、地元の広報誌から原稿の依頼を受けた。「後輩に向けたメッセージのようなものを」という依頼だったので、中学生・高校生くらいをイメージして書いたのが以下の原稿だ。2年前の内容ではあるが、世の中でほとんど読まれないのもライターとしては残念なので、ネットで公開しておきたいと思う。


ちなみに、この原稿に付けたタイトルは、『若者よ、「変わること」を恐れない勇気を持て』だった。じつはこれは、ガンダムUCにおいて、ブライトがバナージに向けて言った「絶望を退ける勇気を持て」という台詞をちょっと意識したものだった。子供だった頃は、大人になればあんな感じになれるのかと漠然と思っていたものだが、50歳になった現在も全くそんな風になれる気がしない。まあ、大体そんなものである。良くも悪くも、だがな。

原稿はここから↓


私が高柳を出てから、気がつけばもう30年になる。実家で過ごしたのは高校卒業までの18年間だから、県外での生活の方が遙かに長くなってしまった。

しかし、子供時代に育った土地というのは、いつまでも特別なものだと感じている。今は息子と娘を連れ、毎年お盆に帰省するのが恒例行事になっているが、町の入り口に辿り着き、「高柳」と書かれた看板を見ると、何かほっとしたような気持ちになる。外に出て行った人間にとって、いつでも帰れる故郷があるというのは、本当に心強いことだ。

私は大学卒業後、システムエンジニアとして5年半勤務。それから青年海外協力隊の一員としてアフリカへ渡り、現地の政府機関で2年半を過ごした。マラリア、腸チフス、赤痢など、普通の日本人ならまず経験しないであろう病気に一通り罹ったのは、今となっては良い思い出だ。ただ、自分の腕からハエの幼虫が出てきたときは多少驚いた。

2001年に帰国した後は、宇宙、ロボット、ITなどを専門とするライターとして独立。WEB媒体を中心に記事を執筆して今に至る。考えるのが面倒くさかったため、ペンネームは全く使っていない。そのまま本名で検索すると記事や書籍がヒットすると思うので、探してもらえれば幸いだ。

「フリーライター」と言うとたまに「フリーター」と間違われるのだが、まあ実際のところ大して変わらない。有給休暇なんてものは無いし、収入は常に不安定だ。年中〆切に追われているので、ストレスに弱い体質だとまず長続きしない。「いくら頑張っても無理なものは無理」と開き直れるだけの図太さが必要だ(この原稿も実は遅れた)。

間違っても人に勧められるような仕事ではないが、幸いなことに、ここ数年はずっと忙しい状況が続いている。7年ほど前、小惑星探査機「はやぶさ」が帰還して宇宙ブームとなったときは宇宙関係の仕事が増え、現在はロボットブームということで、ロボット関係の記事の方が多くなっている。

前回のロボットブームは、愛知万博のあたりがピークだった。その後の”冬の時代”を経験していると、現在のロボットブームを見ていてもあまり浮かれる気分になれないのだが、今回は確実に2020年あたりまでは続くだろう。ただ、その先にどうなるかは分からない。

仕事柄、いつも最先端技術を追いかけているわけだが、その中で、「このままではまずいのではないか」と思うことが妙に増えてきて、気になっている。

日本はとにかく、海外と比べて停滞感が目立つ。先日、ロボット競技会の取材で初めて中国の深センを訪れたのだけど、街中のいたるところに建設中の高層ビルがあり、夜を徹して工事が進められている様子には圧倒された。ここには、世界中からカネと人材が集まりつつある。正直、このエネルギーを羨ましく思ってしまった。

そして何より、中国は人口が多い。人間が10倍いれば、天才も10倍いる。この国に対抗してくのは、並大抵のことではない。今はまだ、産業用ロボットのシェアは日本メーカーの方が大きいし、技術力も上だ。しかし、このまま進展すれば、この分野で超されるのもおそらく時間の問題だろう。

残念なことに、かつて日本のお家芸と言われた人間型ロボットは、すでに米国に追い抜かれている。テレビで「日本すごい」系の番組を見て、喜んでいる場合じゃあない。日本はハッキリ言って、様々な分野でもうチャレンジャーの立場になりつつあるし、チャレンジャーであることを自覚して頑張らないと、追いつくことも難しい。

好むと好まざるとにかかわらず、今後、人工知能やロボット等の技術の発展により、社会は大きく変わっていく。おそらく、これまでの10年、20年よりも、これからの10年、20年の方が、変化は大きくなるだろう。いくつもの仕事が無くなり、またそれと同時に、いくつもの仕事が新しく生まれるかもしれない。

そのような変化の時代に、先人達の意見はあまり当てにはならない。全てがそうと言うつもりはないが、これまでの価値観や方法では通用しなくなる場合もあるだろう。大人から「無理だ」と言われたとしても、それが正しいとは限らない。若い人たちには、大人の意見を気にしすぎることなく、好きなようにやって欲しいと思う。

失敗できるのは若者の特権である。10回挑戦したのなら、1回でも成功すれば良い方だ。そのくらい難しい挑戦でないと、イノベーションなんて生まれるはずはない。我々大人は、若者の挑戦をサポートしてやれるような存在でありたい。

ところで、前文で「先人の意見は当てにならない」と書いたばかりだが、つまりは私の意見もまた、全く当てにはならないということだ。ちゃぶ台をひっくり返すようで申し訳ないが、結局のところは、自分の頭で考えるしかないし、それが最も大切なことである。